思考の試行

「無限増幅のうそ地獄」

 もしもこのまま目覚めなければ,私は何を後悔するのだろう。

部屋の片付けを含む,身の回りの物を整理しなかったこと。

外見を磨き,美しく在れなかったこと。

 明日死ぬつもりでつらつら書き始めればもっと次から次へと出てくるもんかと思ったのに,意外と出てこないものだなと感じているのが今のところの素直な感触だ。

 あまり感情に波が出ないように,何とか騙しながら生きてきた。

 もちろん完ぺきではないから,その時その時で波はある。瞬間的な怒りや悲しみ,すごく楽しかったことや嬉しかったことだってたくさんある。

 けれど,今それを思い出そうにもうまく思い出せないのが正直なところで,その場その場では確かに感じたことも,今となっては他人の記憶であるかのように曖昧になってしまった。確かにそこに私は存在し,経験した。でもいつだって一歩引いたところから誰かに監視させていたように思う。

 平生そんな自分とは向き合わないようにして生きているので,本当にやりたいことや考えていることはいつだって自分にもわからない。だから誰かに合わせるのはとても楽で,人の感情を左右することすらゲームのように思われる。

 もしこのまま目覚めなければ,そんな私は何を後悔するのだろう。

嫌なことを嫌と言わなかったこと。

悲しいときに悲しいと言わなかったこと。

泣きたいのに笑ったこと。

好きな人に会いにいかなかったこと。

行きたいところに行かなかったこと。

優しく在ろうとしたこと。

人を信頼しなかったこと。

誰かに甘えなかったこと。

辛いと言わなかったこと。

嫌いだと言わなかったこと。

 こんな風に抽象的な1つのジャンルにするとすごくありきたりで,つまらない人間だなあと思う。でも一つ一つ詳しく書き始めればきっと「あれもそれも」ってどんどん思い出してキリがなくなってしまうんだと思う。そしてそんなにたくさん挙げたのに見返してみるときっと結局どれもありふれすぎているつまらない後悔なんだろうと思う。

 いつもこうやって自分の思考にストップをかけてしまう,悪い癖だと思う。突き詰めて考えていけばたぶん積年の恨み辛みが止まらないのだろう。隠し続けた感情たちが本当は死んでないよって一斉に雪崩れだして私は私の収拾をつけられなくなりそうだ。

 もう,昨日のこともろくに思い出せない。本当は思い出すくらい容易いんだけど,脳みそが一旦停止するようになってきている。急いで思い出さなければならないようなことは何もないので,止められるがままやめてしまう。それでいいのだと思う。このまま隠し続けて,みんなの思う,私の思う,今の私のままで死んでしまいたい。

 

 先日一年ぶりに誕生の日を迎えた。毎年これといった目標や理想,生きる意味などは見当たらないまま,なんとなくその日を迎えてそのまま終わってしまう。いつだったか誕生日を意識するのをやめた,と見えるように努めはじめた。

 去年も今年もアルバイトをした。終日働いてただの一日として過ごした。何でもない日であるように努めていたので,誰かからめちゃくちゃに祝われたわけではない。それが寂しいのはわがままであり,相変わらず誰かを試すような卑しい人間であることを自覚しただけだった。子供じみているようだが,私は日が変わった瞬間に祝われたいのだと思う。この日くらい「生まれてきてくれてありがとう」と嘘でもいいから心から感謝されたい。そうでなくちゃ,私は私の意義がわからない。

 私は私がめちゃくちゃ嫌いで,誰かに必要とされなければ自分に価値が見出せない。

 いつだったか,自分の原動力が承認欲求であることに気が付いたときは自分に失望したものだった。あんなにも嫌悪していたのに,私を私たらしめるものはこいつかと吐き気すらした。いつか「それでもいいじゃない」と思えるようになるのだろうか。そうすれば私は私嫌いとサヨナラできるのだろうか。

 真面目に生きるつもりもないのに,死ぬ機会のないままここまで生きてしまった。死ぬならきっと若い方が美しいんだろうなとうっすら感じてはいたが,改めてもう感傷で死ぬには遅すぎる。別に死にたいわけではないのだ。沈めばもがくし,絞まれば苦しい。切れれば痛いし落ちれば怖い。食わねば飢えて,飲まねば乾く。でもこれは生きる理であって,生きる意志ではない。死にたいわけではないけれど,生きたいわけでもなくて,難しいんだけど,ね。

 そうやって,「私は私の意思で生きてるわけではないんですよ~」を貫きたいのに,自分への執着と意志を強く感じるのが怒っている時と誕生日だから困る。怒っている時はいくらでも落ちどころがあるのでまだマシなのだが,誕生日はもう四六時中,否が応でも意識せざるを得ないから苦しい。何でもない風に見せかけて終日全身がだるい。来年の誕生日もまたこうやって葛藤せねばならないのかと思うと今からもう気分が悪い。生まれた日のことなぞ忘れてしまいたい。

 

 

 でも,悪いことばかりでないのも重々承知しています。特に話をしたわけでもなかったのに,サプライズで祝ってくれた友人もいました。遅い時間にも関わらず今から行くぞと誘ってくれた方もいます。手作りのケーキをくれた人もいました。みなさんありがとうございました。すごく嬉しかったです。自分が恵まれているのはすごくよく理解しています。あなたたちを大切にしたい。平生から死にたい死にたいと言ってはいますが,きっと図太く死なないので明日もよろしくお願いします。終わり

理想を追い求めすぎなのだと思う。

「大人」も「友達」もない。人,人,人,人。みんなただの人。

私の思う大人は器が大きくて優しくて安心感があって責任能力が高く万能で,だけどそんな完璧な人なんているはずがない。みんなどこかで妥協しながら,時には感情に流されてダメになりながら,上手に人間関係を構築しているのだなあと思う。

友達もそうで,イメージしているのは,何をしていても楽しくて何でも話せてすべての価値観が一致し,または一致しなくてもお互いを尊重でき,会話がなくたって居心地のいい関係なのだけど,そんなのあり得るはずがない。存在するはずのない天竺をいつまでも目指しているような,とっても可哀そうな世界だなあと思います。

理想が高いから疲れるし,悲しいし,寂しいし,傷付くし,辛いし,裏切られるし,うんざりするし,空しいし,苦しいし,みじめだし,吐きたくて,吐きたくて吐きたくて,吐きたい。

いつまでこんなくそみたいなことで悩まなければいけないんだろう。どこで道を間違えたんだろう。どうして私はいつも楽に構えられないんだ。なんでその他大勢の人と同じように馴染めないんだ。って思うけど,これってきっとみんな抱えてるのかな,そうじゃなきゃ私本当に情けないな。

小さな人間です。人のことばっか気にして自分の限界なんて無視して,立派とされる理想の大人にはいつまでも近づけない。光の屈折みたいね。そこにあるようなのにいつも掴めないわ。わたし人から見てどう映っているのかしら。少しでも素敵に見えるかな。話聞くのが上手ねなんて言ってくれるけど,私にできるのはあなたを肯定することだけだよ。ためになるアドバイスなんてできないし,救いの手だって差し伸べられない。あなたの肯定は一時的にあなたを救うけど,一時が過ぎたら地獄だわ。無力でごめんなさいね。

なんだかひどく疲れた。悲しいのさ,なんだけすごく孤独な気分。せめて,自分が悩めるだけ人に優しくありたいなって意識の片隅でぼんやり考えているけれどだめね。やっぱり疲れているんだわ。

次に起きるまでもう三時間もない。目が覚めたら少しは晴れやかな気持ちになっているのかな。次に目が覚めたら,少しは理想の私に近づける?

疲れた。でも,腐りたくはない。私の中のまだ温かい部分に延命処置を重ねて,なんとか取り繕いたい。頑張りたい,けど,

とにかく眠ろう。疲れているんだわ。

 久しぶりにブログを更新しようと思った動機なぞ,良いものであるはずがない。

 この年になってくるとあらゆる事柄の大体のパターンは見えてくる。数あるパターンのうちで最も嫌いなものの1つは「集まってだらだらと過ごす」ことだ。

 もともとなんの実りもない会話をするのは得意ではない。例えばそこに時給が発生すればどれだけ興味のない話でもふんふんと頷いて聞いているし,終着点がなくたって愚痴を聞いてほしいという目的がみえるならばいくらでも付き合う。しかしただ集まってやれどのドラマが面白いだのどの芸能人が好きだの,ひどいときには会話は存在せずにただだらだらとお互いがお互いの時間を過ごしている。私にとってこの時間は激しく無駄であり無意味なものである。例えばこれがどの小説が面白いとかどんな場所が素敵だったという話題ならまだ興味を持って聞くことが出来る。また,気の置けない仲でお互いの時間を心地よく過ごしつつもなんとなく相手への気遣いが感じられるような空間であるならば集まってだらだらするのも悪くない。要するに自分の興味関心があるのか,自分が相手に対して心を開いているかというポイントに帰結するわけなのだが,自分の興味関心や心を開いている相手なんぞというものはごく限られた極めて狭い範囲にしか存在しないので,実質誰が相手でも集まってだらだらするくらいなら個々がそれぞれ別の空間で一人の時間を過ごせばいいじゃないというように感じてしまう。特に話したいこともしたいことも行きたいところもあるわけでないのなら,集まるだけ時間と労力の無駄なのではと感じてしまう。こんなことを思ってしまう時点でかなり人間として何かが欠落しているには違いない。

 

 飲食店というのは他人を垣間見るにはもってこいの環境であると思う。特に従業員である場合はお客を見守ることが仕事となるため,仕事をしながら他人を知ることが出来る。

 世の中の人は飲食店に集まって遅くまで何をそんなに熱心に話し込むのか。いつも注意をして耳を傾けるのだが,その内容は驚くほど私の頭の中には入ってこない。きっと私なら人に話すまでもなく自分の部屋に一人で持ち帰るような事案であるのだろう。人がどのように人間関係を築くのかがわからない。何を話しているのか,それを話すと何が変わるのか,それって話す必要あるのか,それらがわからなくて人とのうまい距離感がいつまでも掴めない私は,こんなんだからいつまでも心地よい人間関係を自分の力で築くのがへたくそな人間であるのだと思う。私が身を置く人間関係は全て相手の包容力ありきであり,感謝をしつつも自分の無能さを嘆かずにはいられない。

 漠然とした不安に苛まれている。この先には何もないのではないかと感じてしまう。皆が各々の道をずんずんと進んでいく中で,わたしだけが取り残されてしまうのではないかと思う。

 

 私は今就職活動の最中にある。インターンシップやES対策,面接やGD練習など何一つしてこなかった私であるが,先刻重たい腰をあげやっと1つの文章を提出してまいった。文章を書くのは嫌いではないが,字数やテーマに制限がつくとなると話は別だ。限られた中でどれだけうまく状況説明をし,核となる部分を主張することができるか。就職活動に生まれる第一の不安はここにあるのだろう。まとめてもまとめても,これじゃ私の強みが伝わらないのではないかというような錯覚に陥ってしまう。もし私が面接に辿り着くことなく御社との縁が切れてしまったら確実に思うだろう,「私の書き方が悪かったんだ,,」と。

 実際にそうなのだと思う。どれだけいい題材でどれだけ私の中に色濃く残っているエピソードであったとしても,それがそのように人に伝わらなかったのだ。これは私の文章能力というほとんど基礎学力といえる部分が認められなかったのと同義である。そこに自覚を持てるならまだマシであると信じたい。なぜなら中には文章を認められなかったことよりも,「自身を裏付けるエピソードの否定」を感じる人も存在するであろうことが推測されるからである。まだまだ就職活動のスタート地点ともいえるES提出の段階で自身を否定される絶望感は凄まじいものであるだろう。また,否定されたことがわかっていても「何を否定されたのか」がわからない恐怖。はっきり言って地獄である。

 接客業をしていて思うのは,やつらはただの人間であるということだ。私たちは客と店員であり,きゃつらは我々の提供するサービスや空間を買っている。世の中には金を払っているのだからサービスを受けて当然だという輩もいるだろうが,私の認識としては「家でもできることをお金を払って人に提供してもらっている」というものだ。対価を払うきゃつらの中には店員に対して多少の優越を感じているものもあるだろうが,私の心持としてはそんな感じなので立場はほぼ対等である。しかし立場が学生と人事である内は彼らの存在は絶対である。彼らの姿は私の結末を地獄にも極楽にもできる閻魔のようにうつり,我々は蛇を前にした蛙に成り代わるのだ。ガチガチに固まった脳みそで彼らの求める唯一無二の正解を探り,媚びへつらった猫なで声で擦り寄ってしまう。

 面接ならまだ彼らの人柄も多少は読み取れるだろう。全身から放たれる些細な空気を感じ取ることで,「今のは失敗だった」「あれは好感触だった」などとはかることができる。しかしまだ直接会っていない段階で,しかも相手のことをほとんど何一つ知らない状態で,私の情報だけを一方的に開示し忖度されるというのは心地いいはずがない。増してそこで縁を切られるとなれば尚更である。SPIなどという制度も多少は良心的であろう。数字というのは可視的な指標であり,努力がそのままに反映される非常にわかりやすい評価だ。落ちても文句は言えないし諦めもつく。

 着地点が見えなくなってきた。つまり私は不安なのだ。制限のある文章なんかじゃ私の魅力は伝わらない,だからどの御社にも門前払いをくらうのではないか,そもそも私の魅力とはなんだ,何とか絞り出した自己を理由も延べずに否定するとは何事だ,などといった具合にまだ落とされてもいない書いてもいない文章についての暗い暗い深い強いただのちっぽけな不安の渦を腹に抱えている。早いところこんな不安なんて捨ててしまいたい。

 

 日記はここで終わっていた。わたしはこの迷子の文章もまた,ダレソレに受け入れられずに捨てられたのだろうと直感した。終着駅をなくしたまま電子世界を流浪するのにせめてもの餞になれとここに記す。

 

 父方の祖母を訪ねに新城まで行った。5人揃って向かうのはいつぶりだろうか。わたし自身が祖母に会うのは約2年ぶりであり、この2年の間元気に生きていてくれたことに感謝している。

 道中蒲郡のガン封じ寺に参った。12年に1度の堂開放をしているとのことでかなり楽しませていただいた。堂の中には数々の如来、菩薩が祀られており、終始神秘的でものものしい雰囲気を纏っていた。宗教とは不思議なもので、普段格別に何かを信じ仰いでいるわけではなくても、いざそれを目の当たりにするとその歴史と威厳に飲み込まれてしまう。今回もご多分に漏れずそのパワーに圧倒されてきた。深い信仰を持ち、その力に魅了され続ける人がいるのもなるほど頷けると感じた瞬間であった。

 その後竹島の水族館に立ち寄ったが眠たさが勝ったので割愛。最近話題というだけあって開園から間もないのに人で溢れかえっていた。我が天敵オタリアの姿もみられたが、わたしのイメージしていたものよりもだいぶ小ぶりの可愛らしいものであった。

 その後祖母宅へ向かい、祖父の遺影に挨拶したのちに近くの川魚料理店へと向かった。2年ぶりの祖母は相変わらず小さく、しかし大きな優しさの雰囲気を纏っていて安心した。耳もよく聞こえるし滑舌もよろしい。走ることもできるのにはさすがに吃驚した。まだまだ元気そうで何よりである。

 川魚料理店は昔きたそのままであり、懐かしいねなぞと言いながら皆で楽しむことができた。和やかな空気がとても心地よかった。

 その後は鳳来寺山へ向かい山道を歩いた。勾配の急な坂や高くそびえる階段など懸念されることは多かったが、祖母は全てを元気に歩ききっていたのでまたしても吃驚した。しかし速さは流石に劣るので、ゆったりゆったりと山を歩いた。あのスピードには先にわたしの足が参ってしまった。それでもやはり元気な祖母を見て安心するし、「久しぶりに鳳来寺山を参ることができた」と喜んでいるのを見てばば孝行も悪くないと思われた。鳳来寺山の名物であるゴツゴツした岩肌とそれを囲む緑、空の青さと澄んだ空気、何もかもが神聖で、心が洗われるようであった。とても優雅な時間であったように思う。

 帰り際祖母が涙ぐんでいたのが印象的であった。ちゃんと顔を見にこないとなぁと思った。夏頃にまた会いにこれたらと思う。それまでどうかお元気で、

 先日家族と母方の祖母と三重にお邪魔した。その時のことを朝から晩まで振り返ってみようと思う。

 まず朝は4時に起きた。出発は6時と聞いていたが,風呂に入っていなかったので早めに起きた。旅行前の高揚感も多少手助けはしたと思う。まだ外の暗いうちに風呂に入り,とても気分の良い朝だったように思う。その代り車での移動時間内は全寝した。

 祖母が6時前に我が家に来た。母方の祖母ということでやはり強烈なキャラクターの持ち主である。本人はいたって大真面目なのだが,なにせ発言や行動のすべてがわたしや兄弟のツボに入る。家を出るときにカラスがガーと目覚めの一鳴きをしたのだが,それが彼女の哲学スイッチを入れたようで「カラスはなんで鳴くんだろうねえ」とわたしに問いかけてきた。本人は大真面目ゆえに冷たく突き放すこともできず,「さあね,お話でもしているんでないのかしら」と返したが,心中はこれに尽きる。『カラスの勝手でしょ。』

 先ほども申し上げたように移動中は大いに眠ったために割愛。気付いたら御在所のSAにいた。ここで特筆すべき面白いことはなかったように思う。購入したタコとイカのから揚げ,明太子入りのかまぼこが美味しかった。

 9時。開園と同時に鳥羽の水族館に入る。1年前の忌まわしい記憶を払拭すべく大いにはしゃぎまわった。日本の海と日本の川のゾーンはどうにも魚が美味そうで困った。

 サメのゾーンにて幼い子供が母にいう。「ザメがたくさんいるねえ!」母はいう「ザメじゃなくてサメでしょ~!」子「このザメかわいいねえ!」母「ザメじゃなくてサメよ~このサメはコバンザメっていうの,ザメ,,,」子供はときにその無邪気さゆえに大人の思考スイッチを入れてしまうから困ったものだ。いつかのために知識は広くつけたいと思った。

 それからおもしろかったのはクリオネの前で娘の指示に従いひたすらに「感じの良い写真」を撮る親。SNS普及の弊害はこんなところにまで広がっているのだなと痛感した瞬間である。あと,オタサーの姫っぽい女子とその取り巻きの中の「今日に」選ばれたであろう男子のカップル。わたしがペリカンを眺めているところに姫が「かわいい~~~~~~!!!!!!」と走ってきたのだが,ペリカンのかわいかった要素なんて薄いピンクの羽毛ぐらいなもので,基本的に目はひん剥かれ口は裂けているし,その伸びきった喉のむき出しの皮膚なんて悪魔のそれそのものであった。姫も大変だなあと思ったし,男子に至っては細かい網越しに懸命に悪魔の写真を撮るも姫に見向きもされず,そこはさながら地獄のようであった。

 人間観察もほどほどに,家族のひと時も十分に楽しむことができた。母ははしゃいで自ら写真を撮られにきたし,3兄弟と祖母は鳥羽水族館限定のがちゃがちゃに精をだした。父は相変わらずマイペースに楽しそうにしていた。セイウチのショーなんかは幼いころの写真にしか記憶がないほど久しぶりであったので,全員が各々の視点から楽しむことができたと思う。セイウチの皮膚はなんだかぶよぶよしていて不思議だった。

 そのあとは牡蠣の食べ放題にいった。今回の旅行にて,誰しもが一番待ち望んでいたことと言っても差し支えないだろう。正直これは戦争だった。少しでも多くの牡蠣を胃袋に入れて持ち帰るぞという闘志が各隊員の心にありありと見え,邪魔するものは身内とて許さんという一触即発状態であった。余談だが食べ放題の場においての母の本気度はすごい。本当にすごい。多少のおしゃべりも許されない。少しでも手が止まろうものなら甲高い声で嫌味を言われる。これには毎度参っているのだが,わたしはわたしでめげずに喋る。食事は楽しくしたいよね。それからまたしても余談だが家族はわたしに甘いと思う。今回も何も言わずとも母はむいた牡蠣を差し出してくれたし,弟も調味料を取り分けてくれたり兄がお茶を入れてくれたりした。立派なわがままダメ人間の出来上がりである。この話はいつか記事にしよう。

 あとは松尾観音やら椿大社やら,眠たかったので割愛。おみくじは吉だったがいいことが書いてあったのでよしとする。椿大社はまた改めて行きたいとぞ思う。

 鈴鹿にてイチゴ狩りナイターに参加。イチゴ狩りって毎回100食うぞ!!って息巻くけどなかなか難しいよね。しかも今回は牡蠣たらふく食った後だしなあ。てなわけで量より質よと楽しんでいたのだが,やはり我が家には強者がいた。60分の食べ放題だったのだが,「イチゴ30秒に1個チャレンジするよ」と見事120個食べきった弟。イチゴ大明神の名を進呈するよ。

 この後は帰路につき,途中で刈谷のSAとウナギ屋に寄った。ウナギ久しぶりに食べたけど美味さブレねえな。SAではもち系お土産をたくさん買った。その日のうちにほとんどなくなった。この辺美味しいもち系お土産多いからいいよね。

 あんだけ食ったけど次の日にはもう牡蠣もイチゴも食べたいからね,なんなんだろうねこの現象。煩悩って感じ。

 この年になってくると家族旅行やらばあちゃん孝行できるのあとどんだけかなって考えてしまう。孝行できてるかはわからないけれど,少しでもたくさん笑った顔を見ておきたいなと思う。父方のばあちゃんにも会いに行きたいな。早くいいところに就職してたくさん稼いで好きな人たちに楽をさせたい人生である。